TOP> Education> ABC model

アサガオの変異体を用いた花器官形成に関するABCモデルの検証


この実験に適した系統として、B変異に相当する無弁花(cd-ps)とC機能変異(牡丹;dp)を併せ持つ、Q607(稔性が低いため現在提供していません)やQ968が利用できる。 これらの系統の種子を播種すると、野生型9/16: 牡丹(C) 3/16: 無弁花(B) 3/16: 無弁花牡丹(B, C) 1/16の割合で分離してくる(下の図1参照)。野生型から株別に採種して、両方の変異をヘテロ接合で持つ株由来の種子を残して系統を維持して実験に用いる。

 


花の器官の種類が決まる仕組み


 現在、植物科学の基礎研究はシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)と呼ばれる小さなアブラナ科の植物に集中して行われています。この植物を使った分子遺伝学的研究のパイオニアである、アメリカのマイロビッツ(E. Meyerowitz)のグループが1990年代初頭、突然変異体の観察に基づいて、花器官が作られるモデルを提唱しました。これとは独立にイギリスのコーエン(E. Coen)のグループもキンギョソウ (Antirrhinum majus)の変異体を用いて花器官形成のモデルを作っており、分岐から1億年以上離れた植物種間でも共通の仕組みで花の器官が作られていることが明らかになりました。いずれの研究者も植物を研究する以前はキイロショウジョウバエを使った研究を行っており、ショウジョウバエで既に確立していた、変異体から遺伝子の働きを調べる手法にヒントを得たことは想像に難くありません。本来作られる器官が別の器官に置き換わった変異体はホメオティック変異体と呼ばれており、ショウジョウバエの初期発生のしくみを解明する上で非常に大きな役割を果たしました。
 研究の進め方としては、花の4種類の器官、ガク片、花弁、雄(ゆう)ずい(雄しべ)、雌(し)ずい(雌しべ、心皮)に関する変異体のうち、例えば、雄ずいが花弁に転換するようなホメオティック変異体に絞り、それらを交配実験によって分類しました。その結果、5種類の変異体が見つかり、器官が置き換わるパターンによって、3つのグループに大きく分けられることが分かり、それぞれA、B、C遺伝子としました。シロイヌナズナのA遺伝子には、APETALA1 (AP1)とAPETALA2 (AP2)、B遺伝子には、APETALA3 (AP3)とPISTILLATA (PI)、C遺伝子にはAGAMOUS (AG)が対応します。そのため、ABCモデルと呼ばれていますが、4種類の花器官と遺伝子の3つの遺伝子グループの数が合わず、一対一対応にはなっていない、という点がモデルを考える際のヒントになります。そして彼らは、これらの変異体を組み合わせた多重変異体をつくり、表現型を観察することで矛盾のないモデルを構築したのです。


図1:アサガオの変異体で示したABCモデル。枇杷(びわ)咲きは奇蕣会雑誌3号(1905)に掲載されたアサガオ。

 ABCモデルでは、花の同心円状のワール(whorl)と呼ばれる4つの領域に外から順にガク片、花弁、雄ずい、雌ずいが配置されているとします。A遺伝子単独で働いている一番外側の領域ではガク片、AとB遺伝子の両方が働いている領域では花弁、BとC遺伝子が働いて雄ずい、C遺伝子単独で働くことで雌ずいを作るのです。また、AとC遺伝子は互いに排他的に抑制しあっているため、同じワールでは同時に発現していませんが、変異体において一方が無くなると、抑制が解除されて遺伝子の発現する領域が全てのワールに広がります。すぐに全ての変異の原因となる遺伝子の構造や、発現している時期やワールも明らかになり、このモデルが正しいことが証明されました。また、AP2遺伝子以外はMADSボックスという共通のDNA配列に結合するドメインを持つ転写制御因子であることも明らかになりました。 その後、全ての花器官の形成に必要な4種類のSEPARATA(SEP)遺伝子が見つかり、これを加えて、ABCEモデルと呼ばれることが多くなっています。
 アサガオ (Ipomoea nil)は、江戸時代に多数の変異体が現れ、日本で独自の発達を遂げた園芸植物です。大正時代以降、遺伝学や生理学の実験材料としても用いられてきました。図1に、アサガオの野生型とホメオティック変異体を例に、ABCモデルでこれらの表現型がどのように説明できるか示しています。アサガオはシロイヌナズナと異なり、花弁が融合した合弁花ですが、花弁等の器官の基本数は5です。そのため、野生型の花では、5枚のガク片、5枚の花弁、5本の雄ずい、3つの心皮が融合した雌ずいから構成されています。B遺伝子が働かない変異体(無弁花)は比較的最近見つかったもので、花弁がガク片、雄ずいが雌ずいに転換し、その結果、10枚のガク片と6本の雌ずいを持つ花を付けます。C遺伝子の変異体(牡丹)は江戸期から記録があり、雄ずいが花弁、雌ずいがガク片、その内部は花弁とガク片が何重にも重なった花を付けます。また、現在では見ることができませんが、A遺伝子の変異体に似たアサガオが明治時代の朝顔愛好会の会報に載っています。B遺伝子とC遺伝子の両方に変異を持つアサガオはガクだけが幾重にも重なった花を付けます。アサガオの花は、朝咲いて午前中にしぼむ一日花ですが、この花は一ヶ月以上見た目が変わらず、花梗(かこう)に離層が作られないため花も落ちません。
 キンギョソウで見つかったA遺伝子の変異体だと考えられていたものは、C遺伝子の機能獲得型の変異体で、A遺伝子が働かない場合と同じように全てのワールでC遺伝子が発現するようになっていることが明らかになりました。上の図に示した、A遺伝子の変異体に見えるびわ咲きのアサガオも、おそらくキンギョソウと同じような変異だったのでしょう。キンギョソウのA遺伝子に対応する変異体はシロイヌナズナのA遺伝子変異のような表現型を示さず、他の植物でもA遺伝子の変異体に相当するものはほとんど知られていません。このことから、実は多くの植物では厳密にA遺伝子に相当する遺伝子はなく、E遺伝子で花を作る土台ができてガクが形成され、これに加えてBまたはC遺伝子がそれぞれ単独で働いて花弁または雌ずい、両方働いて雄ずいを作るというモデルも提唱されています。また、シロイヌナズナのA遺伝子(AP2)は実は全てのワールで発現していますが、内側の2つのワールで発現しているマイクロRNAによって分解されているということも明らかになっています。このような低分子RNAは、生命活動のさまざまな局面において非常に重要な働きをしていることが明らかになってきています。

C遺伝子による花芽分裂組織の調節
 図1に示したABCモデルにおいて、C遺伝子が働いていない変異体では雌ずいがガク片に変化するだけのはずですが、実際にはガク片と花弁が幾度も繰り返したタマネギの鱗片のような構造となり、園芸植物では八重咲きや千重(せんえ)咲きと呼ばれています。植物の器官は未分化な分裂組織(メリステム)が細胞分裂によって増殖し、位置に応じて様々な器官に分化していきます。この分裂組織は器官分化のタイミングに合わせて維持され、不要になる頃合いに全てを消費し尽くす必要があります。花の分裂組織も中央の雌ずい(心皮)が分化し完成した時点で、ちょうど分裂組織を消耗し終結するように調節されています。具体的には、分裂組織の増殖を促進するWUSCHEL (WUS)遺伝子が花器官分化の後半にC遺伝子によって(実際にはKNUという遺伝子が仲介しています)抑制されるのです。C遺伝子が働かない変異体では、最後までWUS遺伝子が抑制されずに、分裂組織が残ったままになり、その後も分裂を繰り返すため、ガクと花弁を幾度も繰り返した構造になるわけです。
アサガオの花は一日花で多くの場合萎れてしまいますが、翌日に中心の花が伸び出して咲くことがあり、そのため牡丹は二度咲、略して度咲と呼ばれていました(そのため、中の繰り返した花のことを度と呼びます)。シロイヌナズナのagamous変異や、ストックの八重咲きでは、しばらく栽培しておくと、しばしば花の中心から新たな花序(花をつける茎)が伸び出し、そこからまた同じ構造の八重咲きの花をつけることがあります。通常は、植物を大きくする栄養成長モードから花をつける生殖成長モードになり花序が伸びだし、ここから花が分化、結実し寿命を迎えるのですが、この変異体ではいったん花序に逆戻りをしているわけです。

文献
Bowman, J. L., Smyth, D. R. and Meyerowitz, E. M.(1991). Genetic interactions among floral homeotic genes. Development 112, 1-20.

Coen, E. and Meyerowitz, E. M.(1991). The war of the whorls: genetic interactions controlling flower development. Nature 353, 31-37.

Nitasaka E (2003) Insertion of an En/Spm-related transposable element into a floral homeotic gene DUPLICATED causes a double flower phenotype in the Japanese morning glory. Plant J. 36, 522-531.

Sun B1, Xu Y, Ng KH, Ito T. (2009) A timing mechanism for stem cell maintenance and differentiation in the Arabidopsis floral meristem. Genes Dev. 23, 1791-1804.

仁田坂英二(2016) 花の形が決まるしくみ. RikaTan 6月号, SAMA企画.

 

 

Page Top