アサガオの生理学
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花成生理学序論
フロリゲンの探索
サリチル酸の花成誘導活性

 ウキクサ類ではサリチル酸が花成を誘導する。サリチル酸の花成誘導活性の発見は、フロリゲンが篩管液中を輸送されることに注目した実験からもたらされた。Clelandはオナモミ汁液を吸うアブラムシの甘露をフロリゲン探索の材料とした。アブラムシは口吻を正確に篩管に射し込み、篩管液を吸い取って、その中の主に糖を栄養分として吸収している。吸収されなかった篩管液成分は甘露として排出されるので、オナモミの下に置いたガラス板の上に落とされた甘露が集められた。この試料をイボウキクサを培養する培地に加えると、イボウキクサは花成を誘導された。この活性成分はサリチル酸と同定された。サリチル酸はウキクサ科の多くの植物の花成を誘導することが多くの研究者によって報告され、同様の活性を示す関連物質も単離された。しかし、生体内レベルが光周期の影響をうけないので、内生花成制御物質ではなく、フロリゲンと見なすことはできない。

篩管液の花成誘導活性

 篩管液に注目したフロリゲン探索には、他にはシソとアサガオの研究がある。短日処理したシソの葉またはアサガオの子葉を切り取り、切り口を蒸留水につけて、篩管液を浸出させた。この篩管液浸出液を培地に加え、シソまたはアサガオ茎頂を長日条件で培養したところ、花芽が形成された。いずれも、活性成分の化学的な性質は明らかにされていない。

アオウキクサ水抽出物の花成誘導活性

 花成誘導された植物からの抽出物に花成誘導活性を求める研究の多くは有機溶媒による抽出を行ったものである。それに対して、瀧本は水抽出を行い、アオウキクサの水抽出物にアオウキクサ花成を誘導する活性を見いだした。活性成分はα-ケトール-脂肪酸と同定された。これは抽出時の反応によって生じるもので、内生花成制御物質ではない。
 アオウキクサはその他にも、リジン、L-ピペコリン酸など、いくつかの化合物で花成を誘導されることが報告されている。いずれも、光周期で内生レベルが変化しないので、内生花成制御物質ではない。

植物ホルモンのフロリゲン活性

 既知植物ホルモンの花成誘導活性を調べ、それがフロリゲンとして機能しているかどうかが検討されてきた。ジベレリンは長日植物やモミ類の花成を誘導し、エチレンはパイナップルなどのアナナス科や球根類の花成を誘導することがわかっている。

ジベレリン

 ジベレリンの花成誘導効果はヒヨスやニンジンのような、栄養成長期にロゼットを形成する長日植物で特に顕著である。これらのことから、フロリゲンはジベレリンではないかと考えられたが、多くの研究者はこの仮説に対して否定的である。ジベレリンは短日植物の花成を誘導しないからである。しかし、フロリゲンは植物界に普遍的な単一物質であると考えるべき理由はなく、植物ホルモンの働きが種によって異なることはよくあることなので、短日植物には無効であることを理由にジベレリンが長日植物のフロリゲンであることを否定するのは正しくない。ジベレリンがフロリゲンであるかどうかは、普遍性があるかどうかではなく、注目した植物種において実際に生体内で花成を制御しているかどうかで考えるべきである。  光周期によるジベレリン生合成系の制御は長日植物ホウレンソウで詳しく調べられ、ジベレリンはホウレンソウの花成には関与しないと結論されている。長日植物ドクムギではジベレリンが花成刺激である可能性は否定されていない。
 一方、短日植物では、アサガオの花成におけるジベレリンの役割が調べられた。ジベレリン内生量は短日処理で高まり、ジベレリン生合成阻害剤で花成は阻害され、ジベレリン処理はこの花成阻害を回復する。これらの結果は、生体内で、光周期の影響下でジベレリンがアサガオの花成制御に関与していることを示唆している。しかし、広義の花成の過程を構成する素過程のうちのどの素過程が促進されても、結果として花成は促進されるので、花成を促進する物質は即ちフロリゲンであるとは言えない。アサガオの場合、ジベレリンが促進するのは茎頂で進行する花成誘起以降の過程であった。従って、ジベレリンはアサガオのフロリゲンではなく、その作用を促進する要因である。

アブシジン酸

 花成をいくつかの素過程に分けて、それぞれの素過程における役割を明確にしようという観点からの研究はアブシジン酸についても行われた。アブシジン酸は誘導的な暗期の前または初期に与えるとアサガオの花成を阻害し、暗期の後期または終了後に与えると花成を促進した。内生量の変動と生合成阻害剤の作用が誘導的な暗期との時間的関係において調べられた結果と合わせて、アブシジン酸は計時機構を阻害し、一方で、フロリゲンの輸送と花成誘起以降の過程を促進することがあきらかになった。

エチレン

 エチレンはアナナス科、球根類の花成を誘導する。パイナップルではエチレン処理によって花成を人為的に誘導することが農業で実用化されている。しかし、エチレンは他種の花成に対しては阻害的に働くことが多い。従って、エチレンもフロリゲンとは考えられていない。しかし、フロリゲンに全ての植物種に共通な活性を仮定する理由はないので、アナナス科のフロリゲンはエチレンであるかもしれない。しかし、誘導的な条件下で生合成が誘導され、花成誘導に寄与しているかどうかは明らかにされていない。

植物ホルモンの相互作用

 異なる植物ホルモンが同一現象を促進したり阻害したりすること、また、複数の植物ホルモンの間に相互作用があることはよく知られている。アサガオ花成における植物ホルモンの関与が総合的に調べられた。子葉篩管液では、ジベレリンだけでなくアブシジン酸とインドール酢酸のレベルも花成誘導条件下で高い。茎頂の内生アブシジン酸レベルは暗処理と連続光で差がなかったが、インドール酢酸レベルは暗処理で減少した。アブシジン酸やインドール酢酸は花成を阻害し、これらの阻害はジベレリンで回復する。インドール酢酸の阻害はアミノエトキシビニルグリシンによっても回復するので、インドール酢酸の花成阻害効果はエチレン生合成を介したものである。このように、アサガオの花成制御にはいくつもの植物ホルモンが関与しているようだ。

植物ホルモン以外の既知物質

 植物ホルモン以外の既知生理活性物質では、ポリアミンが興味深い。花成誘導されたカラシの葉ではプトレシンのレベルが高まり、プトレシン生合成阻害剤であるジフルオロメチルオルニチンは花成を阻害し、同時に与えたプトレシンにより阻害効果は失われる。これらの事実は、カラシの花成にはポリアミンが関与していることを示している。しかし、ポリアミンが単独でカラシ花成を制御しているわけではない。プトレシンは貧栄養下で育てたアサガオの花成を誘導する。カダベリンはプトレシン含量を高め、花成を誘導する。
 イボウキクサのアセトン抽出物から花成誘導活性を持つ物質として安息香酸、ニコチン酸、ニコチンアミド、L-ピペコリン酸が単離、同定された。内生安息香酸レベルは栄養成長期と花成期で顕著な差がないことから、安息香酸は生体内での花成制御要因ではない。
 アサパラガスは通常発芽後2〜3年経たないと花をつけないが、s-トリアジン化合物、カーバメート化合物処理は発芽後1か月足らずで花成を引き起こす。これらの合成物が有効なのはアサパラガスだけである。天然物としてのフロリゲンである可能性はないが、合成品の生理活性の発見が天然の植物ホルモンの発見につながったことは、サイトカイニンの例がある。

生物検定の問題点

 フロリゲン探索が遅々として進まない原因は生物検定法が確立されていないことにあるというのが大方の見方である。生物検定の問題点の一つは試料の取り込み効率にある。多くの場合、試料は検定植物の組織表面に投与されるが、組織表面は本来異物の侵入を防ぐ機能を持っているから取り込み効率が悪いのは当然である。茎頂培養で切り口からの取り込みを意図しても、フロリゲンは生きた組織だけを移動するので切り口からは入らないと言われている。そこで、アサガオ芽生えの胚軸を切断して、切断端から試料溶液を加圧して強制的に導入する灌流法が開発された。灌流法は植物ホルモンの作用を調べるために応用され、葉や茎頂に投与したときには影響が無いか、あるいは、小さな効果しか示さない植物ホルモンが、灌流法で与えたときには明らかな影響を及ぼすことがあきらかにされた。また、カルシウムキレータやカルシウムアンタゴニストの作用を灌流法で調べることによって、アサガオの光周的花成の初期過程にカルシウムが関与することがあきらかにされ、灌流法の有用性が証明された。しかし、フロリゲン探索で有力な結果を出すには至っていない。
 生物検定のもう一つの問題点は、活性が検出されなかったとき、被検物質に活性がないとは限らないことである。たとえ活性があり、検定植物に取り込まれても、検定植物によって不活性化されてしまった場合や、検定植物が被検物質に対する感受性を獲得していないときには、生物検定は活性を検出しない。試料に活性がないのか検定植物が反応しないのかは調べようがない。この点を克服することがフロリゲン探索のかぎになる。

機器分析によるフロリゲン探索

 生物検定が成果をあげられないならば、花成を誘導した植物で特異的に生産される物質を機器分析で検出する方法が考えられる。植物ホルモンなど既知物質の分析ではすでに述べたような成果が得られているが、未知物質に対しては分析手段を理論的に定めることができないから、この手法による探索は大変な困難を伴う。アサガオで増加するフェニルプロパノイドの発見は数少ない成果の一つである。
 アサガオは栄養欠乏・低温・強光などのストレスによって長日条件下でも花成を誘導される。このとき、フェニルプロパノイドの分析方法を用いたときに、ストレス花成を誘導されたアサガオ子葉抽出物が高速液体クロマトグラフィで特異的に増幅するピークを与えることが見いだされた。このピークはクロロゲン酸と同定され、引き続き、いくつかのフェニルプロパノイドが同定された。同じ手法によって、花成反応とフェニルプロパノイド含量との間に正の相関関係があることを示す事実が多数見いだされた。ストレス花成に光周的花成と同じフロリゲンが関与しているかどうかは不明であるが、花成にかかわる物質が明らかにされれば、フロリゲン探索にヒントを与えることが期待できる。

遺伝子発現によるフロリゲン探索

 特異的に生産される物質を検出する方法として、特異的に発現する遺伝子をクローニングする方法が発展してきた。アサガオ子葉で新合成されるタンパク質を二次元電気泳動で分離し、短日処理した葉に特異的に増加するタンパク質が単離され、それをもとにcDNAがクローニングされた。この遺伝子は短日条件下でのみ、子葉と葉だけで発現する。産物のアミノ酸配列はジャーミンと相同性が高い。また、ディファレンシャル・ディスプレイ法によっても、短日処理した子葉に特異的に蓄積する転写産物PnC401のcDNAがクローニングされている。これらの遺伝子が花成に関与するかどうかは不明である。
 花成誘導条件下で特異的に発現する遺伝子を単離する仕事は、今後、ますます増えるであろう。この場合、他の光形態形成や光周性反応などに関与する遺伝子と区別できるよう、単離するタイミングや部位など、花成生理学の成果との対応を明確にしておく必要がある。しかし、花成生理学の側にやり残した仕事がたくさんある。例えば、限界暗期を越えた後のいつからフロリゲン合成が始まって、いつまで続くのか、誘導的光周期が繰り返し与えられたとき、フロリゲン合成は明暗期にかかわらず続くのか、あるいは、概日リズムをもって変動するのかなどは何もわかっていない。また、花成との関連を伺わせる遺伝子を単離し、葉での発現部位をin situハイブリダイゼーションで特定したとしても、光周期を感受する部位は葉であることまでしかわかっていない。フィトクロムはどの細胞にも存在するが、それは光周感受部位がすべての細胞でありうることを示唆しても、すべての細胞がフロリゲンを産生することを意味しはしない。


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