アサガオ類画像データベース

今後の課題

Copyright 1998-2022 by 米田 芳秋



遺伝子連鎖群の完成

遺伝学の研究材料として20世紀の初めから役立ってきたアサガオの今後の追究課題は何であろうか。まず古典遺伝学時代から残されている大きな課題は遺伝子連鎖地図の作成である。これまで10連鎖群があることまで分かっており,残りの5連鎖群を確認して,アサガオ15連鎖群について完全な遺伝子連鎖地図を作ることである。幸いなことに新しい分子遺伝学的な手法を用いればこれが可能であり,九州大の仁田坂英二は現在この課題を解決しつつある。

花色,花模様

最近,基生研の飯田滋氏らによって江戸期に出現した種々の花模様が色素合成系遺伝子に入り込んだトランスポゾンが脱離すことによって発現するというしくみが分かってきた(項目9参照)。この仕事は今後形態的形質などの発現とトランスポゾンとのかかわりを解明する方向へも発展する可能性がある。変化アサガオは花,葉,茎の形質にかかわる多数の突然変異遺伝子の宝庫であるから,高等植物の体制を理解するために今後大いに役立つとものと思われる。

黄色花の育成

黄色花アサガオの育種は多くの人の語る夢である。江戸時代のアサガオ園芸書に濃い黄色花の図がある。しかしアサガオの花弁の色素には,青,紫,赤などのアントシアンと,薄い黄色のカルコンやオーロンなどのフラボノイドがあるが,濃い黄色のもとになるカロチノイド系色素を持っていない。薄い黄色の大輪アサガオは育成されているので,これをどれほど濃い黄色にできるかという方向が一つある。米田芳秋も薄い黄色花系統「右近」に色素を濃くする遺伝子iを加えて,何代も選抜したが,蕾では濃黄色でも,開花すると薄くなり目標に達していない。かなり遠縁であるが,メレミア属(Merremia)には濃い黄色のツタノハヒルガオ(M.hederacea),ブドウヒルガオ(M. vitifolia)やウッドローズ(M. tuberosa)がある。普通の交配法では無理なので,今後は遺伝子導入などの新しい育種技術を使うことができるだろう。

アサガオ Ipomoea nil (=Pharbitis nil)

 薄黄色系統の右近と色を濃くする遺伝子iを持っている系統を交雑して,選抜を繰り替えして得た花。 黄色はあまり濃くはならなかった。

アサガオ Ipomoea nil (=Pharbitis nil)

 同じ選抜で得た花であるが蕾または開花の程度が弱いとかなり濃い黄色に見える。

花持ち

花持ちを改良する方法はないのだろうか。変化アサガオの中でも,桔梗咲き系統は花持ちが良く,開花翌日になっても色は変わるが形を崩さないので二日咲きといわれている。この系統の葉は厚みがありごわごわした感じである。しかし,桔梗咲きは花径を縮めるので大輪花の花持ちを改善するには役立たないと思う。マルバアサガオの血を引く曜白アサガオは花持ちのいい品種もあり,これをもとに大輪花を育成すると多少改良されるかも知れない。曜白大輪が育成されているので,これを交配材料に使うとどうなるであろうか。
花のしおれの項で説明したが,花のしおれがエチレンの発生が原因になっていることが分かってきたので,これにかかわる酵素を阻害すると萎れが少なくなる。このためには萎れ抑制物質を噴霧または吸収させる方法についてはすでに説明した。他の方法としは遺伝子導入によりこの酵素の作用を阻害する方法がある。後の方法はすでに日もちのいいトマトの育種などで成功している。組織培養の項で説明した未熟胚培養を出発点とする不定胚からの個体再生法を用いれば実現できるかも知れない。

種間交雑育種

米田芳秋が育成した種間雑種の中で,アサガオとマルバアサガオの交配から生まれた曜白アサガオは今では花持ちのよさとマルバアサガオの多花性や耐寒性を備えていて,今や在来のアサガオに鮮明な彩りを与える花としてのポピュラーになった。この性質を拡大していけば,さらに面白い花が生まれる可能性がある。
また,宿根性のノアサガオをアサガオ育種に利用できればおもしろいと思うが,両種は交配不能である。ただしアメリカアサガオにノアサガオの花粉をかけると,受精に続く胚発生がごく初期の段階までは進みそうなので,将来この段階の未熟胚を培養によって救出できれば雑種個体を得ることができよう。これを橋渡しにしてアサガオに繋げることは可能だと思う。


遺伝子導入

組織培養の項で説明したが,組織片や細胞から植物個体が再生することが分かると,この系を使って他のの植物の遺伝子を導入して新しい植物を育成できる。この観点から考えるとアサガオの未熟胚を出発材料にした再生系は,遺伝子導入を行うための系として役立つであろう。現在,遺伝子導入実験が開始されている。黄色花の育成,花持ち性の改善などには,この方法が有効かも知れない。

おわりに

地球の歴史の中で誕生した一つの生き物としてのアサガオの種々の面を主として生物学の立場から見てきた。ヒトもまた生物の一員としての長い歴史をもつが,その後に人間という文化的存在となった。日本人とアサガオの最大接点が園芸花卉としの江戸の朝顔であり,それを継承した現在の朝顔である。この日本の伝統的な朝顔をより所にして世界各地の人と交流ができればすばらしいことだと思う。インターネットの時代にそれが可能になったことは異文化の相互理解の促進の上で実に喜ばしいことである。このアサガオ画像データベースが今後,文化系の諸事項を含めた大ネットに発展することを期待して止まない。


文 献
  1. Araki, T., Hirano, H., Naito, S. and Komeda, Y. (1989) Intoroduction of foreign genes into Pharbitis nil calli using a vector derived from Agrobacterium pTi. Plant Cell Reports 8: 259-262.
  2. Otani, M. and Shimada, T. (1998) Embryogenic callus formation from immature embryo of Japanese morning glory(Pharbitis nil Choisy) Plant Biotechnology15: 127-129.
  3. Ono, M., Sage-Ono, K., Kawakami, M., Hasebe, M., Ueda, K., Masuda, K., Inoue, M. and Kamada, H. (2000) Agrobacterium-mediated transformation and regeneration of Pharbitis nil. Plant Biotechnology 17: 211-216.

回 顧

今後の課題で挙げた問題は最近の分子遺伝学的手法を用いて、大幅に解決されてきた(参照  アサガオホームページ)。

最後に、このアサガオ類画像データベースにこれまで載せていなかった2項目を付記する。

アサガオ, Ipomoea nil, Y033,「静岡」について

筆者は2003年に静岡市葵区赤松にある静岡市民コミュニティー農園(稲葉農園)で1区画を借り、妻が家庭菜園を始めた。 ここは1998年開設された由で、75区画(1区画は約10坪)ある。 借りてすぐに気が付いたのであるが、ノアサガオの葉に似た葉をもち、花筒の色も濃い、花径6〜7cmの青色のアサガオが勢いよく繁茂していた。 現在までこのアサガオは毎年のように姿を見せている。 手入れのいい菜園には見られないが、菜園と菜園の間、あるいは倉庫の周辺などで特に目立って花を咲かせている。 野生状態で連続して生育しており、2003年にY033「静岡」と命名した。 家庭菜園の趣味家によって、2003年以前に持ち込まれたものと考えられる。

米田の2006年以後の著書、論説、随筆など

  1. 米田 (2006) 色分け花図鑑 朝顔, 学研.
  2. 米田 (2011) 姿・形の美しさ 朝顔観賞小史 ビオストーリー, 16: 38-4. 5
  3. 米田(分担執筆) (2012) 朝顔の園芸文化史を中心に, 朝顔百科編集委員会「朝顔百科」, 誠文堂新光社
  4. Hoshino,A., Yoneda,Y. and Kuboyama,T. (2016) Stowaway transposon disrupts the InWDR1 gene controlling flower and seed coloration in a medicinal cultivar of the Japanese morning glory., Genes & Genetic System, 91:37-40.
  5. 米田 (2011)「源氏物語」と朝顔, 東京朝顔研究会会報, 59: 31-35.
  6. 米田 (2012) 後水尾院の朝顔の歌, 東京朝顔研究会会報, 60: 31-32.
  7. 米田(2013) 朝顔日記, 東京朝顔研究会会報, 61: 44-46.
  8. 米田(2014) 夢の朝顔(朝顔之奇怪), 東京朝顔研究会会報, 62: 42-44.
  9. 米田 (2015) 泉鏡花と朝顔, 東京朝顔研究会会報, 63: 45-47
  10. 米田 (2016) 三島由紀夫の「朝顔」に寄せて, 東京朝顔研究会会報, 64: 44-45,27 (写真) 
  11. 米田 (2017) 牽牛子の黒白について, 東京朝顔研究会会報, 65: 43-45.
 



Edited by Yuuji Tsukii (Lab. Biology, Science Research Center, Hosei University)