アサガオの生理学
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花成生理学序論
花成の分子遺伝学
花分裂組織への転換に関する突然変異体

 シロイヌナズナはロゼット状態を経た後に花成に至るが、子葉を展開した後すぐに花をつけるembryonic flower (emf)突然変異体が単離された。emf突然変異に対する野生型遺伝子であるEMF遺伝子は花成抑制遺伝子として機能し、栄養茎頂分裂組織が生殖成長へ移行するのを抑制しているものと考えられる。terminal flower (tfl)突然変異体は茎頂分裂組織が花序を作らず、ただちに花芽を作るので、頂花をもった植物になる。一方、pin-formed(pin)突然変異体は花序を作るが、花芽を作らず、シュートがピンのような形態を示す。leafy (lfy)突然変異体は抽だいはするが、花を作らないか、作っても花弁と雄ずいを欠き、葉のような様相を呈する。apetala 1 (ap1)突然変異体では、花が部分的に花序のようになり、花の中に二次的な花を形成する。cauliflower (cal)突然変異体は花序形成を繰り返し、花を形成しない。この変異はap1との二重突然変異体で顕著である。このように、茎頂分裂組織から花序分裂組織、花分裂組織への転換に関与すると思われる遺伝子の存在があきらかになった。
 これらの突然変異に対する野生型遺伝子のいくつかがクローニングされている。AP1遺伝子、CAL遺伝子の産物はMADSドメインを持ち、転写調節因子としての機能が考えられている。LFY遺伝子産物も転写調節に関与するものと思われ、LFY遺伝子を強制発現させたシロイヌナズナ、ポプラの形質転換体は花成を促進された。pin突然変異体はオーキシン極性輸送に異常があり、オーキシン輸送阻害剤を処理した野生型はpinと同様の形態を示す。オーキシンが花成に関与することを示唆するものとして興味深い。

花成時期に関する突然変異体

 花成時期が遅れる突然変異体、早まる突然変異体がシロイヌナズナで多数単離されている。constans (co)、fd、fe、fha、ft、fwa、gi突然変異体は短日条件での開花時期は正常であるが、長日条件で開花が早まることがない。fca、fpa、fve、fy、luminidependens (ld)、fri、flc突然変異体は日長条件にかかわらず開花が遅れる。一方、開花が早まる突然変異体には、日長条件にかかわらず開花が早まるearly flowering 1 (elf1)、elf2突然変異体などと、短日条件での花成が早まるesd4、elf3突然変異体などがある。
 CO遺伝子の産物は転写調節因子で、CO遺伝子の強制発現は花成を促進し、LFY遺伝子やTFL遺伝子の発現を誘導した。
 フィトクロム発色団の生合成にかかわるhy1、hy2突然変異体やフィトクロムA、Bを欠損するphyA、phyB突然変異体も短日条件下で開花が早まる。アブシジン酸欠損aba突然変異体、アブシジン酸非感受性のabi1突然変異体は開花が早く、ジベレリン欠損gibberellin sensitive 1 (ga1)突然変異体やジベレリン非感受性のgibberellin insensitive (gai)突然変異体は短日条件での開花が抑制される。 シロイヌナズナ以外では、エンドウ、トウモロコシで花成時期突然変異体が研究されている。エンドウでは、gigas花成遅延変異体を使った接木実験でフロリゲン説が検証されている。トウモロコシ花成遅延突然変異体indeterminate 1 (id1)の原因遺伝子としてクローニングされたID1遺伝子は、茎頂では発現せず、未熟葉でのみ発現する。ID1タンパク質が輸送可能な花成刺激物質生産に関与するか、または、ID1タンパク質自身が葉から茎頂へ輸送されて機能する可能性があげられる。シロイヌナズナの花成関連遺伝子、CO、FCA遺伝子は植物体全体で発現するのに対して、ID1は花成刺激の生産または輸送に関与する遺伝子の最初の報告例である。このことはフロリゲン説を支持するとされている。シロイヌナズナ花成の分子生物学がフロリゲンには言及してこなかったのに対して、トウモロコシでのフロリゲン説支持の表明は特筆される。

花成分子遺伝学と花成生理学

 花成に関わる一連の反応をつなぐカスケードの中で次々に発現してゆく遺伝子相互間の関連を調べることによって、花成の全体像が見えてくることが期待される。しかし、シロイヌナズナ花成の遺伝子制御機構モデルは、研究が進むにつれて複雑さを増している。多くの遺伝子が関与することから、花成制御経路は多重的・冗長的であり、マスター制御遺伝子は特定できないとされている。このような解釈は、光周信号がフロリゲン生合成を引き起こし(仮想のフロリゲン生合成遺伝子がマスター制御遺伝子に対応する)、フロリゲンが花成を誘導するというシンプルなフロリゲン説とは相容れない。
 シロイヌナズナ花成時期変異体には光受容体、生物時計、植物ホルモンなどに関する変異体までもが含まれる。これらは光形態形成、光周性反応、植物の生理一般に関わるものであり、花成に固有ではない。花成とは直接関係のない機能に関わる遺伝子の変異が栄養生長その他の現象への影響を介して、結果として花成時期にも影響するのであろう。形質転換植物ではしばしば花成時期が変化するように、花成時期は様々な要因で変化しうる。関連する遺伝子機能が不明な花成時期変異体も多いが、花成と本質的にかかわりのない遺伝子までも取り込んだモデルが、花成制御経路は冗長的であるという解釈をもたらすのではないか。花成に固有な現象すなわち花成の本質は、フロリゲンの生成・伝達・機能発現を巡る単純な話なのである。花成研究はフロリゲンの問題に立ち返ってはどうだろうか。
 決して花成が起こらない突然変異体ならば、花成制御機構に直接かかわる遺伝子の変異、さらには、フロリゲン遺伝子の変異である可能性があるが、そのような変異体は知られていない。シロイヌナズナは条件的長日植物なので、この植物種にはフロリゲンは無いのかもしれない。シロイヌナズナの花成制御における多重性・冗長性とは、シロイヌナズナのような量的な長日植物の花成反応の特徴を反映している。多くの遺伝子産物の量的なバランスで花成反応が律速されるというアイデアは、光周期にかかわらず花芽を形成でき、長日条件または低温あるいはジベレリンが与えられれば、それらの刺激量に応じて花成が早まるという性質と矛盾しない。シロイヌナズナの花成には抽だい、花序形成を伴うことも制御機構を複雑にしている。これらの花成反応や形態は、従来の花成生理学での解析が進んでいるアサガオなどの場合とは相当異なるものであるから、花成の遺伝子制御機構は種によって相当に異なるのかもしれない。少なくとも、シロイヌナズナによる知見だけで花成の全てを解明できるとは考えない方がよい。シロイヌナズナの持つ分子遺伝学上の利点を生かす一方で、花成生理学上の利点をもったアサガオやアオウキクサに分子遺伝学を適用できるよう、これらの種で形質転換系を確立するなどの努力が必要だろう。

花形態形成遺伝子

 シロイヌナズナとキンギョソウを始めとしたいくつかの植物では花形態形成遺伝子が多数クローニングされているが、これらは花成が済んでしまった後の形作りに関する遺伝子だから、花成には直接関係しない。ただし、これらの遺伝子はフロリゲンが作用しなければ発現しないので、花成誘起の過程にかかわる遺伝子と同様に、その発現を指標としてフロリゲンの検定系を作ることに使える。このあたりに、フロリゲン研究の新しい突破口がありそうである。


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