アサガオの生理学
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花成生理学序論
光周的花成
限界暗期

 短日植物であれ長日植物であれ、花成を誘導される限界の日長を限界日長という。アサガオの限界日長は15時間、シロガラシの限界日長は12時間である。ところで、1日は24時間で常に一定だから、花成が日長に依存するということは夜の長さに依存するということでもある。光周性が発見された当初は日長に意味があると思われたが、後に、重要なのは夜の長さであることがわかった。つまり、夜の長さが一定時間より長ければ花芽を作るのが短日植物であり、一定時間より短ければ花芽を作るのが長日植物であって、この限界の長さを限界暗期という。アサガオの限界暗期は9時間、シロガラシの限界暗期は12時間ということになる。生育地の緯度が高くなるほど限界暗期は短くなるのが普通である。
 ある種の植物の光周反応は驚くほど正確である。オナモミでは、8時間15分の暗期ではすべての植物が栄養成長を続けるが、9時間ちょうどならばすべての個体が花芽をつける。イネやシソは15分間の違いを識別できる。
 花成誘導に必要な光周サイクルの数も種によって異なる。短日植物であるキクは花成誘導に数回の適切な光周サイクルを必要とする。一方、短日植物のオナモミやアサガオ、長日植物のドクムギは特に敏感な植物で、適切な日長が1日あれば十分花成を誘導される。適切な光周期のもとで花成を誘導されれば、それ以後は不適切な光周期条件に移されても花成の過程は進行する。

光中断

 花成を制御する暗期は連続していなければならない。光周的花成における暗期の効果は、暗期の中央に与えた短時間の光照射で打ち消される。つまり、長い暗期の中央に与えられた光パルスは短日植物の花成を阻害し、長日植物の花成を誘導する。この、光による暗期の効果の打ち消しを光中断という。
 光中断に最も効果的な光は赤色光であり、赤色光の効果は直後に照射した遠赤色光(近赤外光)で打ち消される。このことは、花成を制御する暗期の長さの測定にはフィトクロムが関与していることを示す。明期に合成された近赤外光吸収型フィトクロム(Pfr)は暗期中に赤色光吸収型フィトクロム(Pr)への暗反転または失活によって失われる。Pfr量が一定値にまで減少することが短日植物の花成誘導につながる。暗期の中央で赤色光パルスが与えられると、Pr→Pfrの光変換が起こってPfr量がもとの値に戻り、短日植物の花成を阻害する。赤色光パルスに続いて与えられた遠赤色光パルスはPfr→Prの反転をひき起こし、光中断効果は打ち消される。

計時機構

 暗期の長さの測定にはフィトクロムが関与しているが、アサガオでは、Pfrは暗期に入ってから1〜2時間で消失する。それに対してアサガオの限界暗期は9時間なので、Pfr量の変化そのものが時間経過を測定しているのではない。Pfr量が一定値に達したときに生物時計が働きはじめて、暗期の長さの測定を開始する。フィトクロムが生物時計を作動させる機構、生物時計の実体、生物時計が時間を測るメカニズムはよくわかっていない。
 暗期を16時間としたとき、光中断に対する感受性は暗期の中央でもっとも効果が高く、その前後では低くなる。一定した環境条件下で植物を数日間の連続暗期のもとにおいたときでも、光中断に対する感受性は周期的に変化する。すなわち、もっとも光中断効果が高い時期はほぼ24時間の周期で訪れる。このような概日リズムが生物時計の存在を示唆している。
 短日植物では、1日の中に親明相と親暗相とがあり、親明相では光中断に対して植物はポジティヴに反応し、親暗相ではネガティヴに反応すると考えられているが、この機構もよくわかってはいない。

光周期の受容部位

 花成を誘導する光周刺激を受けるのは葉であり、茎頂は誘導的な光周条件下におかれる必要はない。
 アカザやアサガオは子葉も光周的な信号に対する十分な感受性をもっているが、オナモミでは成長した本葉だけが光周条件に反応する。シソでは切り離した葉に短日処理しても、発根し再生した植物体は花芽を形成する。
 1枚の葉の面積を小さく切りつめていって花成を誘導することのできる最小面積を調べると、シソやアサガオでは1cm2以下で十分であることがわかる。

フロリゲン

 花成を誘導する光周条件を感知するのは葉であり、花芽が形成されるのは茎頂であるから、花芽を形成するのに適切な条件にあることを知らせる情報が葉から茎頂へ伝達されるはずである。この情報を花成刺激と呼ぶ。植物における情報伝達はホルモン様物質の移動と考えられる。このような事実から、Chailakhyan(1937)はフロリゲン(花成ホルモン)説を提唱した。フロリゲンは葉で作られ、輸送されて、茎頂へ到達したフロリゲンはそこで花成遺伝子を活性化する。
 フロリゲンは篩管の中を移動する。光合成産物の流れと共に輸送されると考えられる。しかし、フロリゲンの移動は光合成産物の流れとは無関係であるとの考えもある。
 フロリゲンの生化学的な性質はいまだに不明のままである。今のところ、接木実験でしかフロリゲンの存在を推測することはできない。フロリゲンを単離し、その性質を明らかにすることは花成研究の中で最も重要な課題である。

フロリゲン研究の問題点

 フロリゲン説は、今日、様々に解釈されて、混乱をきたしている。誤解の1つは、フロリゲンはすべての植物種に共通な単一物質であるという考えである。Chailakhyan自身は共通の単一物質とは定義していないのだが、Chailakhyanの原論文は入手しにくいこともあって、いつの頃からか、そのように定義されたと信じられるようになったようだ。異種間の接木実験で花成刺激が伝達される場合があることが、フロリゲンは種間で共通であると考える根拠である。接木が可能な程度に近縁な種間ではフロリゲンも共通でありうる。しかし、接木ができない種間にまで普遍化するのは無理がある。植物ホルモンは植物界に共通であり、植物界に普遍的に存在することを植物ホルモンの条件と考えるのが一般的なことも、フロリゲンは種間で共通だと考えがちな理由である。
 シソやオナモミのフロリゲンは長命であるが、アサガオのフロリゲンの寿命は4〜6日間と見積もられている。オナモミでは二次誘導がおこるが、シソやアサガオではそのようなことはない。このような大きな違いは、フロリゲンは種によって異なることを示唆する。従って、植物一般に普遍できなければフロリゲンではないという条件をもうけるならば、そのような意味でのフロリゲンはありそうにない。しかし、このことは、それぞれの植物種で機能する、物質としての花成刺激の存在を否定するものではない。シダ植物には生殖器分化を制御する造精器誘導物質が存在する。造精器誘導物質はシダ植物に広く分布するが、その化学構造は種特異的ではないものの、分類群ごとに異なる。造精器誘導物質は植物ホルモンの範疇には加えられていないが、シダ植物の生殖を制御する必須の機能物質であることにかわりはない。われわれが知りたいのは、花成に関してこのような物質があるかどうかということである。
 もう一つの誤解は、花成だけに働く特別なホルモンとして定義されていると理解することである。厳密に特異的な物質はありそうにないことから、フロリゲンの存在についても否定的に考えられることがある。しかし、既知の植物ホルモンはどれも多様な作用をもたらすように、厳密に特異的な機能を持つ物質はないだろう。前述の造精器誘導物質は、シダ植物の造精器を形成させる物質として発見された物質であるが、その後、胞子発芽を誘導し、造卵器形成を阻害する機能を合わせ持つことが発見された。造精器分化に特異的に働くわけではないということが、造精器誘導物質の存在や意義を否定するものでないことは言うまでもない。全ての植物種に共通とか、機能は特異的というような条件を付ける必要はない。このような条件を加えることは誤解を生み、研究の妨げとなる。花成は葉からの花成刺激に反応して引き起こされるというアイデア自身を否定する研究者はない。われわれが知りたいことは、この花成刺激は何かということである。

フロリゲンの機能

 フロリゲンとは茎頂で起こる素過程を引き起こすものである。ロゼット型長日植物の茎頂では、抽だい、花序の形成、花芽の形成が異なる現象として、時間差をもって起こる。では、これらの植物では、そのフロリゲンはどの過程に関与するのだろうか。
 多くのロゼット型長日植物の花成はジベレリンで誘導されると報告されてきた。ドクムギの花成を茎伸長と花序伸長を指標として、ジベレリンの構造と活性の相関を調べると、それぞれに対してもっとも促進的なジベレリンの種類は異なる。また、ホウレンソウではジベレリン生合成阻害剤は長日条件下での抽だいを阻害するが、花芽の形成は阻害しない。これらのことから、ジベレリンは抽だいには必要であるが、花芽の形成には必要ではないとされている。このことから、抽だいと花芽の形成には別の誘導要因が働いていると想定する必要がある。これらの報告では、花序伸長が花成反応を反映するものとされ、抽だいは花成とは見なされていない。しかし、すでに述べたように、抽だいをもって花成は起こったとみなすならば、抽だいを起こすものがフロリゲンであることになる。葉で生産されるフロリゲンは抽だいを誘導し、かつ、茎頂で別の花芽形成要因の合成を誘導するという可能性を考えることができる。あるいは、抽だいと花芽の形成を独立の現象と見なし、長日条件は、一方でジベレリン生合成の誘導を介して抽だいを誘導し、他方でフロリゲン生合成の誘導を介して花芽の形成を誘導するという可能性も考えることができる。アサガオで観察される茎頂での変化は花芽の形成だけであるから、2つの誘導要因を考える必要がない。仮に、フロリゲンはアサガオとシロイヌナズナの間で共通であり、フロリゲンを実験的に投与することができたとして、アサガオのフロリゲンはシロイヌナズナのどの現象を引き起こすだろうか。

接木によるフロリゲンの伝達

 フロリゲンと呼ぶべき物質が実在することは証明されていない。そのような物質の存在を示唆するのは接木による花成の誘導である。
 短日植物であるタバコ品種メリーランド・マンモスの葉を長日植物であるNicotiana sylvestrisに接木すると、長日植物は短日条件下でも花成を誘導される。逆に、N. sylvestrisの葉をタバコに接木すると、短日植物は長日条件下でも花成を誘導される。長日植物のオオベンケイソウを短日植物のKalanchoe blossfeldianaに接木し、接木植物を短日条件下におくと、接穂のオオベンケイソウは花成を誘導されるが、台木の葉を切除しておくと、接穂は栄養成長のままである。これらの実験はフロリゲンの存在を示し、フロリゲンは種特異的でないことを示唆する。別の接木実験では、中性植物も機能的に同じフロリゲンを作ることが示されている。このタイプの植物では、フロリゲン生成は日長には依存しない。
 接木による花成誘導実験の中でも、通常花を咲かせない植物が、他の植物に接木されたとき容易に花成を誘導される例は説得力が強い。サツマイモは短日植物ではあるものの、熱帯地方以外では滅多に花を咲かせず、実験室内でも芽生えの段階では決して花芽をつけない。しかし、サツマイモ芽生えをアサガオ芽生えに接木して、暗処理を与えると、サツマイモ芽生えは容易に花を咲かせる。この事実はフロリゲンの存在を示している。

フロリゲンの寿命

 Zeevaart(1962)による短日植物シソの接木実験では、光周的に誘導されたシソの葉を、長日条件下においた複数のシソに次々に繰り返し接木していっても、この葉はフロリゲンの供給源として機能し続けた。このことから、シソのフロリゲンの寿命は大変長いと解釈された。しかし、誘導されたシソの葉におけるフロリゲン生合成系が機能し続けて、フロリゲンが生産され続けると解釈することもできる。
 サツマイモとアサガオの接木実験からは、アサガオのフロリゲンの寿命は4〜6日と見積もられている。

花成の二次誘導

 花をつけているオナモミから切り取った葉を栄養成長中の植物に接木すると、後者は長日条件下で花をつける。これを二次誘導と呼ぶ。こうして二次誘導された植物の若い葉(それ自身は短日条件にさらされたことがない)を、長日条件下においた植物に接木すると、後者はやはり花をつける。このように、オナモミの場合は、それ自身は適切な日長を経験していなくても、葉は誘導された状態になり、フロリゲンを生産できるようになる。


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