アサガオの生理学
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花成生理学序論
花成生理学とは何か
花成とは何か

 花成とは花芽形成の意味であり、日本のこの分野での草分けである吉井義次が1942年の総説の中で用いている。ここでの花成の語は、植物生理学の創始者といわれる、ドイツのJulius Sachs(ザックス)のBlutenbildungに対する訳語として用いられている。
 花成の過程は、いくつかの素過程に分けて考えることが出来る。光周性による花成では、光信号がフィトクロムに受容され、生物時計を駆動し、適当な時間経過を測定した生物時計からの信号に反応して、葉で花成刺激の生成が誘導され、葉から伝達された花成刺激に反応して茎頂分裂組織で栄養成長から生殖成長への切り替えがおこり、がく片・花弁・雄ずい・心皮原基が形成されて、花芽が完成する。ここまでの一連の過程を花成と考えがちだが、実際は、光信号の受容は、発芽・伸長などと共通の光形態形成の制御機構であり、生物時計による計時機構は、休眠・塊茎形成・鱗茎形成などと共通の光周性反応の制御機構であって、花成そのものではない。花成刺激の生成から花成刺激に対する茎頂分裂組織の反応までが花成に固有の現象であり、狭義の花成である。
 花成刺激が生成される素過程を花成誘導(floral induction)、花成刺激が茎頂分裂組織の成長様式を変化させる素過程を花成誘起(floral evocation)と呼ぶ。最近用いられるようになった、「花芽アイデンティティの決定」という概念は花成誘起と同義である。こうして花芽への分化の方向付けが済んだ後の、花器官原基の形成過程が花形態形成である。花形態形成の遺伝子制御を説明するABCモデルの3つのクラスの遺伝子機能がすべて欠損した三重突然変異体は、花の代わりに栄養シュートを形成するわけではなく、それぞれの花器官の位置に葉を生じた花的構造を形成する。これは、花形態形成が、花芽を形成するべく決定が済んだ後に起こる、花成とは別の現象であることを物語っている。
 花成と花形態形成の過程が済み、完成した花芽は蕾へと成長し、種によっては花芽の状態での休眠期間を経た後に、花弁が展開して受粉・受精が行われるようになる。この花弁が展開する過程が開花である。開花もまた花成と混同されがちだが、やはり別の現象である。
 光周的花成は光形態形成の一例であり、光周性反応の一つである。光形態形成や光周性反応の研究は、解析しやすい、よりシンプルな現象・実験系に研究対象を移してゆき、成果をあげつつある。その一方での必然として、花成生理学の関心は、狭義の花成、つまり、花成誘導と花成誘起に集中される傾向にある。花成研究の中心課題は花成刺激をめぐる問題に集約されることになる。

「花成」と「花芽の形成」

 花芽形成とは字義通りに解釈すれば花芽の形作りのことであるが、上述の花形態形成に相当する素過程を呼ぶのではない。個体として栄養成長していたものが生殖成長を始めることに注目し、この移行を花芽の形成を指標として理解しようとするのが花成生理学の立場である。
 しかし、形態形成の視点に立って、花芽という形態の形成そのものに注目することも可能である。アサガオでは、適当な光周期のもとにおかれると、主茎の茎頂分裂組織は引き続き普通葉を形成し続ける一方で、葉腋の腋生分裂組織が花芽を形成する。光周刺激が強いときは、主茎の茎頂分裂組織は普通葉の変わりに花芽を形成する。生殖成長へ移行したことが形態学的な変化の最初の兆候として観察されるのが花芽の形成なので、アサガオでは、生殖成長への移行と花芽の形成はほとんど同義と理解されている。
 これに対して、シロイヌナズナなどのロゼット型長日植物では、適当な光周期のもとにおかれると、主茎の茎頂分裂組織はロゼット葉とは形態の異なる葉を形成し、節間成長が始まる。さらに、主茎の茎頂分裂組織は苞葉を形成し、その葉腋に花芽を形成するか、花序軸を形成する。花序軸の茎頂は小苞葉を形成し、その葉腋に花芽を形成する。これらの植物では、生殖成長への移行と花芽の形成は異なる。この場合は、どの時点をもって花成が起こったと判断するべきかの問題が生じる。個体の成長様式の変化、すなわち栄養成長から生殖成長への移行を花成と定義するならば、抽だいをもって花成は起こったとみるべきであろう。花茎を伸長するが花芽をつけないシロイヌナズナのpin-formed (pin)突然変異体や、花序形成を無限に繰り返すcauliflower(cal)突然変異体では、花成は起こるが花芽は形成されないということになる。

「花成」を明確に定義する必要性

 植物を適当な光周期で処理し、花芽の形として反応を見る限り、花成は光受容から花形態形成までのすべての素過程を含むことになる。従来の花成研究はそれで概ね差し支えはなかった。ところが、花成の遺伝子制御機構を解析しようとする場合は、状況が若干変わってくる。適当な光周期で発現を誘導される遺伝子の中には、花成とは直接関係のない、他の光形態形成や光周性反応にかかわる遺伝子や、花成が済んでしまった後の花形態形成にかかわる遺伝子が含まれる。また、どの素過程がブロックされても結果的に花成はおこらないので、花成が影響を受けた突然変異のすべてが花成にかかわる遺伝子の変異によるわけでもない。
 花成は光周期だけでなく、低温、加齢、ストレスなどでも引き起こされる。これらの要因による花成では、他の光形態形成や光周性反応との混同は避けられるが、花成誘導の素過程を共有するかどうかはわからない。花成刺激が生成されるとしても、それが光周的花成のものと同じかどうかはわからない。バーナリゼーションによる花成や中性植物の花成では、伝達性の花成刺激の存在を仮定する理由がない。それに対して、アサガオのストレス誘導花成には子葉の存在が必須なので、葉から芽への信号の伝達を考える必要があり、花成刺激が関与する。


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