アサガオ百科 分類学 

イポメア属 Ipomoea の植物・分類

アサガオと近縁種の学名について

Copyright 1998-2022  米田 芳秋
 1999年 12月に「アサガオ研究の現状と将来」という研究集会が基礎生物学研究所飯田滋教授の呼びかけで岡崎コンファレンスセンターで開かれた。米田芳秋はこの集会で「アサガオとその近縁種」について講演し,主としてアサガオと近縁種の学名の変遷について紹介した。内容的にまだ確認したいことも残っているが,その概要を記載しておきたい。

 二名法の創始者リンネが出版した 1763 年の「植物の種」第2版に,Convolvulus (セイヨウヒルガオ属) の中に,アサガオは Convolvulus Nil L.,マルバアサガオは Convolvulus purpureus L.として記載されている。リンネの Convolvulus はかなり異質な種を含んでいることがその後の分類学的研究によって分かり,新たにCalystegia (ヒルガオ属)が設けられた。ロス(Roth)は1797年にアサガオ,マルバアサガオなどをConvolvulus から Ipomoea (イポメア属)に移した結果,この時点よりアサガオはIpomoea nil (L.) Roth,マルバアサガオは Ipomoea purpurea (L.) Roth が正名となった。

 日本にアサガオが渡来したのはおそらく奈良時代で中国からで本草学上の古い記載がある。一方,ここで問題にしているアサガオの学名の方はアサガオという植物がヨーロッパに正確に伝えられることが前提となる。ヨーロッパ人で日本の植物を正確に観察して図を描いた人は 1690 年より2年間日本に滞在したケンペルである。日本の代表的な植物がケンペルの観察図によってヨーロッパに伝えられた。ケンペルが帰国後書いた Amoenitatum Exoticarum (廻国奇観) の第5編に Catalogus Plantarum Japonicarum (日本植物誌) (1712)があり,多くの日本の植物について簡単な記載をしている。花草類の中にアサガオの項目があり,「牛戟B Kingo, vulgo Asagawo」 と書いており,漢字の語順は逆になっているが,明らかにアサガオのことで, 18世紀の初めにはヨーロッパに文献上伝えられたことになる。ケンペルは中村てき齊の「訓蒙図彙」(1666) を参考にして日本の植物を調査したといわれており,この本の草花の部にも「戟B牛 (けんご) あさがほ戟B牛花也,實名戟B牛子,蔓名狗耳草」とあり,垣根に絡まるアサガオが描かれている。ケンペルはおそらくこの図を参考にアサガオを観察したのであろう。

 リンネが「植物の種」第2版 (1763) の中でConvolvulus Nil L.の基準標本としているのはディレニュウス (Dillenius) の植物図である。これとケンペルの「日本植物誌」との関係は不明である。

 次いで1775~1776年に日本を訪れたのはリンネの弟子のツュンベリーで,彼の「Flora Japonica」 (1784)ではアサガオを Ipomoea triloba として詳しく記載している。この名前はウィルデノウ (Willdenow, C.L.) が増訂したリンネ「植物の種」第2版 (1799)に記載されており,ここで日本のアサガオとConvolvulus Nil L.が確実に結びついたと言えよう。Ipomoea triloba という名前は伊刀B圭介の「泰西植物名疏」 (1829) に受け継がれている。

 その後日本の植物を研究したフランシェ (Franchet, A.) ・サヴァティエ (Savatier, L.) (1875) はアサガオをPharbitis triloba Miq. と呼んだ。この学名は田中芳男・小野職(殼心)の「有用植物図説」 (1891)でも使われている。このように日本に洋学が入り植物学が成立する明氏B時代には,アサガオの学名は日本ではまだ定まっていなかったようである。 上に述べたように、アサガオにはいくつかのラテン名が付けられていた。しかしまもなくPharbitis nil (L.) Choisyが一般に使われるようになった。

 ショアジー(Choisy) は1833年にアサガオなどが3心皮性雌しべを持っているという特秩Eをとらえて,イポメア属から分浴vして新しく Pharbitis (アサガオ属)を独立させ,アサガオを Pharbitis nil Choisy とした。ショアジーのこの考え方が日本にも入り,アサガオに最初に Pharbitis nil Choisy の学名を採用したのは飯沼慾齋の「草木図説」を再訂増補 (1907~1913) した牧野富太郎であろう。村越三千男が編集した多くの図鑑でも Pharbitis nil Choisy が用いられており,以後この学名が日本では広く用いられ,花卉園芸界でもこの学名は一般に用いられている。「牧野日本植物図鑑」の1940年版で Ipomoea Nil Roth (= Pharbitis Nil Chois.) としているのは例外的である。

 しかし,ショアジーのPharbitis属は国際的には支持されていない。イギリスの分類学者がまとめた「Index Kewensis」 (1895)ではそれまで Pharbitis属に入れられていた種をすべてIpomoea属に統合されており,この考え方が国際的にも承認されたので,これ以後Pharbitis属は使われていない。植物命名法については国際的にも激しい議論の歴史があり,現在でも定期的に命名のための会議が開かれ,その結果は国際植物命名規約としてまとめられている。この国際植物命名規約でもPharbitis属は保留属名とされている。日本でも最近の植物図鑑,例えば「日本の野外植物」 (1981)ではアサガオは Ipomoea属の中に分類されている。

 一方,近縁種のマルバサガオは堰u米で園芸的に使われたこともあり,古くからIpomoea purpurea (L.) Rothと呼ばれている。またノアサガオもIpomoea 所属扱いされることが多い。

 3心皮性雌ずいが属として独立させるほどの形質上の差異ではないとの観点に立って,ここではアサガオの正名をIpomoea nil (L.) Rothとし,Pharbitis nil Choisyを同種異名(シノニム)の一つとした。しかし日本での歴史的および園芸的な使われ方を考慮し,また著者(米田芳秋)自身もPharbitis nil を用いてきたこともあり,このアサガオ画像データベースではアサガオを Ipomoea nil (= Pharbitis nil)と記載した。仁田坂英二の最近の分子系統学的解析の結果もアサガオをIpomoea属アサガオ節に分類する説を支持している。

 以下にアサガオと近縁種の学名についての正名,異名を上げる。具体的な形態については画像とその説明を参照して下さい。

アサガオ Ipomoea nil (L.) Roth, Cat. Bot. (1797) p.36 日本に古く渡来
 異名 Convolvulus nil L., Spec. Pl., ed. 2 (1762) p.219 (in part)
    Pharbitis nil Choisy in Mem. Soc. Phys. Geneve VI (1833) p.439;
        in DC. Prodr. 9 (1845) p.342

アメリカアサガオ Ipomoea hederacea Jacq. Collect. 1 (1786) p.124 日本に帰化
 異名 Convolvulus hederaceus L. Sp. Pl. (1753) p.154
    Pharbitis hederacea Choisy in Mem. Soc. Phys. Geneve VI (1833) p.440;
        in DC. Prodr. 9 (1845) p.344

マルバアサガオ Ipomoea purpurea (L.) Roth, Bot. Abh. (1787) p.27 堰u米で育種
 異名 Convolvulus purpureus L., Spec. Pl., ed.2 (1762) p.219
    Ipomoea hispida Zucc., Cent. Obs. (1806) n.36
    Pharbitis hispida (Zucc.) Choisy in Mem. Soc. Phys. Geneve IV (1833)p.438
    Pharbitis purpurea (L.) Voigt, Hort. Suburb. Calc. (1845) p.354

ノアサガオ Ipomoea indica (Burm.) Merrill, Interpr. Rumph. Herb. Amb. (1917) p.445
                                日本に自生
 異名 Convolvulus indica Burm., Index Univers.Herb.Amb. VII (1755) p.6
    Ipomoea congesta R.Br., Prodr. Fl. Nov. Holl. ed. 1 (1810) p.485
    Convolvulus acuminatus Vahl, Symb. Bot. III (1794) p.26
    Ipomoea acuminata (Vahl) Roem. & Schult., Syst. IV (1819) p.228
    Convolvulus congesta (R.Br.) Spreng., Syst. I (1825) p.601
    Pharbitis insularis Choisy in Mem. Soc. Phys. Geneve VI (1833) p.439
    Pharbitis acuminata (Vahl) Choisy in DC., Prodr. IX (1845) p.342
    Pharbitis congesta (R.Br.) Hara, Enum. Sperm. Jap.1 (1948) p.166


イポメア属の画像

文献

  1. House, H. D. (1908) The north American species of the genus Ipomoea. Ann. N. Y. Acad. Sci. 18: 181-263.
  2. Ooststroom, S. J. V. (1940) The Convolvulaceae of Malaysia. 3. The genus Ipomoea. Blumea 3: 481-582.
  3. Verdcourt, B. (1957) Typification of the subdivisions of Ipomoea L. (Convolvulaceae) with particular regard to the East African species Taxon 6: 150-152.
  4. Austin, D. A. (1975) Typification of the new world subdivisions of Ipomoea L. (Convolvulaceae). Taxon 24: 107-110.
  5. Bailey, L. H. (1976) Hortus Third McMillan Pub.
  6. Austin, D. F. (1979) An infrageneric classification for Ipomoea (Convolvulaceae). Taxon 28: 359-361.
  7. Austin, D. F. (1980) Additional comments on infrageneric taxa in Ipomoea (Convolvulaceae). Taxon 29: 501-502.
  8. 村田源 ヒルガオ科 (1981) 日本の野外植物 草本 合弁花類(佐竹義輔,大井次三郎,北村四郎,亘理俊次,富成忠夫編) 平凡社.
  9. Muntshick, W. (1983) Engelbert Kaempfer Flora Japonica (1712) Franz Steiner Verlag, Wiesbaden.
  10. Austin, D. F. (1986) Nomenclature of the Ipomoea nil complex (Convolvulaceae) Taxon 35: 355-358.
  11. Austin, D. F. and Hu man, Z. (1996) A synopsis of Ipomoea (Convolvulaceae) in the Americas. Taxon 45: 3-38.
  12. Deroin, T. (1999) Ontogeny and phylogeny in Convolvulaceae-Ipomoeae: preliminary comparative remarks on ovary morphology. Syst. Geogr. Pl. 68: 225-232.


Edited by Yuuji Tsukii (Lab. Biology, Science Research Center, Hosei University)